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ニューヨークお茶事情

ニューヨークお茶事情

「番外編:ロンドンお茶事情その2」

 どうしてイギリスは紅茶の国になったのでしょうか?400年近いイギリスにおける紅茶の歴史を知りたくて、Bramah Tea &Coffee Museum (ブラマー紅茶とコーヒーの博物館)へ行ってみました。

イギリスに初めて紅茶が持ち込まれたのは、1600年あたりだと言われています。もともとイギリスよりも先に紅茶が流行していたオランダから持たらされた紅茶は、当初飲み物としてではなく、気分をよくするための薬として薬局で売られていました。現在のように飲まれるようになったのは、それから数十年も経った後です。しかし東インド会社が中国と貿易を始め、大量に紅茶を買うようになってから、イギリス人の生活と紅茶は密接なものになっていきます。

紅茶博物館の入り口 館長のエドワード・ブラマーさん
紅茶博物館の入り口。20世紀の初め、博物館のあるこの辺りでは、1日に6000もの紅茶の大箱が取り扱われていたそうです 館長のエドワード・ブラマーさん。お手製のボードを使って、紅茶の歴史を教えてくれました

Tea Garden(ティー・ガーデン)と呼ばれる公園もそのひとつ。疫病や大火に見舞われ、街のほとんどが破壊されてしまったロンドンでは、公園へ出かけ、おしゃべりに興じることは人々の楽しみの一つでした。そのうち、数々の公園が中国から運ばれてきた新しい飲み物=紅茶を出すようになり、公園は人々の社交場へと発展します。このような公園は、ロンドン周辺に100軒近くありました。

産業革命も、紅茶の需要を生み出すのに一役買いました。長時間の労働の合間にリフレッシュするための飲み物として、牛乳とお砂糖を入れた温かい紅茶が各地で飲まれたのです。当時イギリスにはコーヒーもありましたが、豆を焙煎する手間がかかるということで、紅茶が選ばれたのだとか。

日本のお茶のことも紹介されています おまわりさんも馬に乗って
博物館では日本のお茶のことも紹介されています おまわりさんも馬に乗って

こうしていろんな階級の人々に愛されてきた紅茶ですが、第2次世界大戦後、紅茶を取り巻く環境は次第に変化していくのです。この話は次回ということで、お楽しみに!

(リポーター谷口桂子)

 
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